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マイケル・ブレッカーと書きながらケニー・ロギンズ

1月13日、ブレッカー・ブラザースの弟、マイケル・ブレッカーが亡くなりました。すずさとさんの情報で知りました。ご冥福をお祈りいたします。

私にとっては、あまり大きな位置を占めたことがないアーティストでしたが、ミュージック・シーンにおける存在の大きさは十分すぎるほど伝わってくるスーパーなミュージシャンであることは誰もが知るところだったと思います。

私にとって唯一といっていい思い出は、ちょうど大学在学中、女子学生の非常に少ない「政治経済学部経済学科」なるものに所属していた私が、たまたま同じクラスになった女性が3人。その中でこれまた唯一音楽の話ができた三鷹の真理さんが好きだったのが、当時フュージョン系と呼ばれていたアーティストでした。その中にマイケルが在籍していたステップスというグループがあり、マイク・マイニエリというビブラフォンの名手がおり、そのあたりの音楽を、普段聴かないのにちょっと手を出して聴いてみたりしていた、という記憶です。その真理さんにさらにこれまた唯一私から紹介して、いいと思ってもらえた思い出のアルバムがロギンズ・アンド・メッシーナを解散して最初に発表したケニー・ロギンズのソロアルバム、「未来の誓い(Celebrate Me Home)」でした。

話が脱線しますが、この「未来の誓い」、とっても暖かいアルバムなんです。私は今でも彼の3作目までをこよなく愛しているのですが、春はサードの「キープ・ザ・ファイア(Keep The Fire)」、夏と秋はセカンド「ナイトウォッチ(Nightwatch)」だとすると、断然冬はこの「未来の誓い」です。
それまでロギンズ・アンド・メッシーナで多様な音楽を試してきた彼が、それまでのアルバムで強いてあげるなら「進世界(Mother Lord)」の世界を拡大し、さらに発展させて新境地を開いたのがこの「未来への誓い」でした。1曲目のマイナーなマンドリンのカッティングからラストのハイラム・ブロックのいかしたギターまで、この「レディ・ラック(Lady Luck)」だけで聴き手をノックアウトできるアルバムです。それ以後は比較的ウォーム且つメロディアスな曲が続いていて、それはそれでほのぼのとした、まさに「Celebrate Me Home」というアルバムタイトル曲にぴったりの曲が並んでいます。

このアルバムに続く2枚の後、「アライブ」というライブアルバムを出すのですが、その前頃だったでしょうか、中野サンプラザで彼のソロコンサートを堪能し、出待ちをして楽屋口で髭面の優しい笑顔のケニーに握手をしてもらった思い出へとつながります。

話を元へ戻すと、ケニーとマイケル・ブレッカーが最初に顔を合わせたのが3rdアルバム「キープ・ザ・ファイア」だったわけです。当時はステップスからケニーへと予測可能な流れを実感して喜んだものでした。アルバムタイトルソングの、実に堂々とした落ち着いたリズム。私の好きなポップ・ソングの王道は、と問われたら、「キープ・ザ・ファイア」のような曲、と答えるでしょう。フランスのジャン・ジャック・ゴールドマンというスーパースターの曲に「C'est Ta Chance」というのがあるのですが、まさに同様の王道を行っています。エルガーの「威風堂々」風、ともいえるかもしれません。先の2曲を聴き比べていただければ私の言いたいことがすぐに伝わると思うのですが、両方の曲を、今ご自宅でライブラリーに持っていらっしゃる方が果たして日本に何人いらっしゃるでしょうか…

マイケル・ブレッカーご本人のことにはあまり触れることなく、彼から派生した話題ばかり書いてしまいました。今日は彼のご冥福をお祈りする日なので、これぐらいにしておきます。他にももちろんポール・サイモン(私、誕生日が同じだとプロフィールにも書かせていただいております)のグラミー賞受賞アルバム「時の流れに」での切ないフレーズだって好きです。惜しい方を亡くしたと思います。でも、今頃きっと天国で、彼がとても影響を受けていたというジョン・コルトレーンと夢のセッションをしていることでしょうね。それを彼の幸せと思って、これからも彼が生前残した名盤と呼ばれる数々のアルバムに触れていきたいと思います。
コメント
>すずさとさん

そうです。私もその2曲の歌詞の類似性には以前から気付いていました。シチュエーションとしてはよくあることかもしれませんが、それぞれに名曲になるところが技量なのかもしれませんね。
ウォーゼル URL 2007年01月18日 23:20:21 編集
あのコンサート、ウォーゼルさんもいらしてましたか!
ちょうどポールが『グレイスランド』以降アフリカン・ビート志向のさなかで、
とにかく大所帯でリズムがタイトだったことは記憶しているのですが、
逆に、演奏したはずの「時の流れに」や「アメリカの歌」、
S&G時代の「ボクサー」「明日に架ける橋」あたりの記憶が…。
アンコールの「サウンド・オブ・サイレンス」で、アコギではなく、
テレキャスターを持って歌ったのだけは、あまりに意外だったので、
よく記憶しております。

今回あらためて「時の流れに」の歌詞を見てみると、
なんだかダン・フォーゲルバーグの「懐しき恋人の歌」に似ているのです。
ウォーゼルさんと一緒で、彼にも思いを馳せるここ数日です。
すずさと URL 2007年01月18日 10:26:10 編集
>すずさとさん

あぁ…私もそのコンサート行っています(ドーム周辺ですずさとさんとすれ違っていたのかも)。席はアリーナの後ろのほうでした。そして今そのときのツアーパンフを引っ張り出して見てみたら、いました、マイケル・ブレッカー(ブラザースではなく)。元気そうな笑顔の写真が少し心に痛いです。他メンバーに定番スティーブ・ガッド、そしてキーボードはリチャード・ティー(スタッフ、懐かしいです)。豪華でしたね。そのリチャード・ティーもこの2年後、49歳の若さで他界してしまったんですよね。病名は今ダン・フォーゲルバーグが戦っている病と同じ前立腺癌。ダンはどうしているでしょう。2年前の彼の誕生日に自分のホームページに進行を食い止めている旨のレターを寄せて以来音沙汰なく、ときどきサイトを確認しているのですがとてもとても心配です。

>ciapoohさん
本当におっしゃるとおりです。私は公私ともそういうミュージシャンの方が作った音楽によって生活も人生も支えてもらっている人間でもありますし。いくつになってもいい音楽を残し続けてもらいたいものです。
ウォーゼル URL 2007年01月17日 23:34:04 編集
ずいぶんと,お若くしての他界だったようですね。
 どれほど多くの方たちに,惜しまれた事でしょうか。

 この種の話題が増えてきますと,誠に身勝手ながら 
 自分の思い入れをしている ミュージシャンたちが,
 一日でも長く,そして元気に活動していてくれますように!
 そう願わずには いられなくなります。

 身につまされるお話でした。

 
ciapooh URL 2007年01月17日 14:35:26 編集
ウォーゼルさんの思い出を彩ったアーティストのひとりだった、
といっても過言ではないわけですね。残念ですね。

僕も、本来の彼の音楽性というのは、実はほとんど知りません。
が、やはり「時の流れに」の秀演が頭から離れませんね。
今回を機に、あらためてポール・サイモンを聴き返しています。
1991年の彼の来日公演、東京ドームへ観に行ったのですが、
あの時はチケットがかなり余っていたようで、学生だった僕は、
一番安い(といってもたぶん10,000円)3階席を買いましたが、
結局3階席は開放されず、2階に誘導されたのでした…。

で、記憶によれば、
その時もブレッカー・ブラザーズがサポートしていたような…。
ちょっとその辺の記憶が曖昧なのですが。

ともあれ、しばらくは、ポール・サイモンの名曲を聴くことで、
マイケル・ブレッカーを追悼したいと思います。
すずさと URL 2007年01月17日 11:11:59 編集

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