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鶏郎縁者談笑集会~えんあるものはつどいてわらえ

鶏郎縁者談笑集会~えんあるものはつどいてわらえ
三木鶏郎さんのパネル

いつもお世話になっている作詞家の伊藤アキラさん、ONアソシエイツ大森昭男さん、そして三木鶏郎資料館の竹松伸子さんのお招きで、「鶏郎縁者談笑集会~えんあるものはつどいてわらえ」に出席させていただきました。とき、2006年10月25日、表参道駅から歩いて5分ほどのホテルフロラシオン青山ふじの間です。この日の会は鶏郎さんの13回忌にあわせて開かれました。

さすが、伊藤さんが名付け親という素敵な会の名前に相応しく、和やかな雰囲気の中、(懐かしい!)なべおさみさんの司会で会は幕を開けました。最初は、多分戦後の人々の心を癒した「日曜娯楽版」の生音だったと思います。その古めかしい音が会場に流れ、きっと大勢の方々は懐かしさに胸打たれたのではないでしょうか。会場を埋めた方々の半数ほどは鶏郎さんの親戚縁者の方々、あと半数の方が音楽やコントの制作を通じて係わられてきた方々だったようですが(伊藤さん談)、普段よくテレビなどでお見かけする方々がそこここにいらっしゃってます。
そして、会は、正面に設けられたステージになべさんが順に関係する方々を招いて思い出話の花を咲かせる、という形式で進められました。

まず初めは作詞家吉岡治さんと作曲家桜井順さん。朝日放送開局5周年記念の公募に応じて呉羽紡績のホームソングを作ったのが最初だったとの出会いの思い出話から。お二人が当時を振り返るときの優しそうな笑顔が印象的でした。実際には、作詞の部で吉岡さんが金賞、その詞に曲をつけるコンテストで越部信義さんが金賞を受賞、桜井さんは作曲の次点でしたが、ここで優秀な成績を収められたことがお二人のデビューのきっかけとなったのだそうです(曲目は「鳩笛ならそか」です。後日伊藤さんに教えていただきました)。


桜井順さんと吉岡治さん

そして永六輔さん。永さんは、鶏郎さんのお葬式のとき、お経の流れる中オペラ歌手の中島啓江さんが賛美歌を歌いながらお焼香するという「演出」があったことに触れ、これは実は鶏郎さんご自身が生前永さんに、自分の葬式の際はぜひそうしてくれ、とお願いしたものだったことを紹介されていました。亡くなった後まで「冗談」(本気?)を残していかれるなんて、なかなかこういうことは常人には思いつけないことかと思います。
永六輔さん

合間合間には、鶏郎さん生前の貴重なビデオ映像や懐かしのCM集(船橋ヘルスセンター(現船橋ららぽーと)、ミツワ石鹸、松下電器産業、三共(薬品)のルル、小田急電鉄などなど)がプロジェクターで上映されるなど、集まった方々を鶏郎色に染めていく趣向が凝らされ、それらをバックに老若男女思い思いに話しておられます。私もファイブ・ディー社の社長佐藤剛さんや古い音源のコンピレーションを世に出すことに尽力されているというアンソロジスト(初めて聞く職名です)濱田高志さん(最近のムーンライダーズCM集もこの方のお仕事だそうです)らとしばしお話をさせていただきました。ムーンライダーズといえば、もちろんこの方、鈴木慶一さんもいらっしゃってましたよ。伊藤さんと共に煙っている図です。
伊藤アキラさんと鈴木慶一さん

気がつくとステージにはダークダックスのゾウさんこと遠山一さん、ボニージャックスの西脇久夫さん、玉田元康さんが。どちらのコーラスグループもすごい歴史(ダークダックスは結成55年!、ボニージャックスは48年!)なんですね。どちらも私が生まれる前から活動されているなんて…鶏郎さんと同じ部屋に泊まった思い出などを語ってくださっていました(by ゾウさん)。
ダークダックスとボニージャックスのみなさん

宴も佳境に入ったところで前田武彦さんが登場。私、巨泉・前武のゲバゲバ90分!!見てましたから懐かしかったですね~。大橋巨泉さんは前田さんより後輩だそうで、「巨泉はおれが育てた」と豪語されておられました。そのときすかさずなべさんが、「では、大橋巨泉さん、どうぞ~!」と入り口の方へ手を差し伸べたときには、本当にいらっしゃるのかとすっかり騙されてしまいました(笑)。
なべおさみさんと前田武彦さん

そして今日初の生演奏で、スリー・グレイセスの登場です。1958年デビューということですから、こちらも息が長い(みなさん子育てで25年ほどの長期休止があったそうですが)…こうしてみると三木鶏郎関係の方々は「息が長い」のが共通点のようですね。そしてそれは鶏郎さんの音楽とも共通です。素敵な歌声で鶏郎さんの「トムとジェリー」のようなコミカルさを生かした曲を短くメドレーにして披露してくださいました。鶏郎さんの音楽が流れると、本当に場がぱっと明るくなります。音楽の力はすごいです。
スリー・グレイセス

そして壇上に呼ばれた最後の方は、元電通の山川浩二さん。山川さんが陰で支えてこそ鶏郎さんがあった、となべさんに言わしめるくらいすごいお方なんですね。ご自身の才能だけでなく、人を見る目がとりわけ優れていらっしゃったのではないでしょうか。
山川浩二さん

それまで脇に設えられていた椅子席にかけていらっしゃった奥ゆかしい女性のことは最初から気になっていたのですが、ここで鶏郎さんの奥様とご紹介があり、あぁ、そうだったのか、と納得しました。貴重なご挨拶の言葉をいただきました。鶏郎さんの骨を肌身離さずお守りにつけていらっしゃるそうで、そのお話を伺った瞬間、まさにこの会場に鶏郎さんがいらっしゃっているような存在感がぐぐっと胸にのしかかってきました。体調を少し崩していらっしゃるのをおしてその場にいらしてくださったということで、本当にこれからも末永くお元気でいらしていただきたいと思います。
三木鶏郎の奥様


さぁ、とうとう最後です。我こそは、とみなさん壇上に上がって「僕は特急の機関士で」をみんなで楽しくフルコーラス合唱しました。一番中心になっていたのは、昨年暮れのライブ「Sing with TORIRO 三木鶏郎と異才たち」にも出演されていた今野英明さん。今はご自身のライブ活動で鶏郎さんの歌を歌っているそうです(私、ご挨拶の際ハナレグミの方と間違えてしまいました。大変失礼いたしました)。こういう草の根的な伝承活動も大事だと思いました。
壇上にはゾウさん、ボニージャックスのお二人、伊藤さん他みなさんご覧のとおりです。ひときわ華やかな女性は遊佐未森さん!いらっしゃっていたんですね~。こんなに間近で拝見できてうれしかったです。
僕は特急の機関士でを歌うみなさん 歌う伊藤アキラさん 遊佐未森さん

こうして華々しく宴は終了しました。司会のなべおさみさんは、素敵なトークの中でしきりにその場所に集まっていた方々の中の若い人に向かって(多分私も若い人の部類だったはずです)、「どうか当時活躍されていた人を捉まえて、あの頃、どんなだったんですか?」と訊いてみてください、と繰り返されていたのが印象に残りました。私も伊藤さんや大森さんのもと、こうした方々のお陰で今の私を支えてくれる音楽があるんだ、という強い感謝の念を抱きつつ、会場を後にしました。

優しい笑顔が素敵な大森さん。右隣の方はどなた?
大森昭男さん若き日の大森昭男さん


ところで、
ほぼ日の武井さん

こちらは自ら取材を買ってでてらっしゃっていたほぼ日の"シェフ"こと武井さんで~す。親しくお話をさせていただきました。ありがとうございました!お疲れ様でした。来年こそは、とほぼ日手帳を手にしてから、お目にかかるほぼ日スタッフの方はもう3人目になります。不思議です。引き寄せられるパワーが何か備わっているような…

(おわりに)
今日この日中心になって頑張っておられた竹松さんのお写真を撮りそびれてしまいました!とてもシックで素敵なドレスに包まれた美しいお姿を、みなさんにご披露したかったです…。しかもろくにお話もできず失礼してしまいました。この場を借りてお詫び申しあげます。そして武井さん、ぜひ1枚この「遠い音楽」用にもお写真をわけてください…

(2006年10月31日 伊藤アキラさんのご指摘により桜井順さん、吉岡治さんの記述箇所の一部誤りを訂正、補足しました。伊藤さん、どうもありがとうございました。)

2006年11月11日、遂に昨日念願叶って竹松伸子さんの素敵な写真をいただくことができました。ご一緒なのはファイブディー社長の佐藤剛さんとほぼ日武井さん。お開き後の一こまですね。遅ればせながら竹松さん、本当に当日はお疲れ様でした。
佐藤剛さん、武井さん、竹松伸子さん

そしておまけ。鈴木慶一さんと伊藤アキラさんと一緒に私です。
鈴木慶一さん、伊藤アキラさん


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