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廃校となった母校、豊島区立第十中学校を訪ねて

母校、豊島区立第十中学校が、随分前(平成16年3月)に廃校になったというニュースを聞き、一度は訪ねてみたいと思っていたのですが、とうとう昨日行くことができました。

出身の小学校(大成小学校、現さくら小学校)側から回って行ったのですが、途中から区画整理の関係か、どうも新しい道ができていたようで危うく迷いそうになりつつも、方角だけは間違いない、と信じて歩いていたら、ありました!意外にも外壁は塗り替えられたのか、白が際立つ目新しい校舎。でも使われていないことは、ポストのところに「廃校のため受け取れません」という趣旨の張り紙でも明らか。

最初正門側から行ったので、なんだか寂しい思いでしたが、校庭側に回ってびっくり。かつての軟式テニスコートでは子供から大人までが軟式テニスに興じ、グラウンドは野球のリトルリーグのような子たちが力一杯運動してました。すごい活気です。

開いていた通用門側から30数年ぶりに中へ入りました。目の前は閉じられた校舎の前に広がる小さな中庭。決して荒れ果てているようなわけではありません。ちょっと粗雑になっている程度なので、誰かが手入れをまだしているのかもしれません。春の花がいくつも咲いていました。水の張られた池にはおたまじゃくしもたくさん。学校は廃校になっても、ちゃんと生命は育まれているのですね。

そして私はこの中庭に特別の思い入れがあります。

実は、この豊島十中は、当時吹奏楽の名門中の名門で、その後出会って、中高で吹奏楽をやった経験のある人に聞いてみても知らない人はいないぐらいです。私がときどきこのブログで取り上げている佐々木史郎くんも所属していたクラブ。率いていたのは、後に日本吹奏楽連盟の理事長まで務められて亡くなられた酒井正幸先生。そんな学校で、当時すでに音楽は大好きだった私が入っていたクラブが、園芸部だったのです。

吹奏楽部が体育館で高らかに奏で、目の前のコートでは軟式テニス部が華やかに活動するのを尻目に、理科の秋山先生の指導の下この中庭の手入れをするのが園芸部の仕事でした。ですから、廃校になった今も当時の面影を残しつつしっかりと生の営みを続けているこの中庭を目にしたとき、改めて暖かい思いが胸の内を満たしたのでした。

いつかは取り壊されれてしまう運命なのかもしれません。でも、やはり中学時代の3年間を過ごした場所、消えてしまうのは寂しいものがあります。校舎も、校庭も、そして中庭も。今後のことについての情報はありませんが、これだけ校庭が活用されているのであれば、もしかしたらまだ当面は残されるのかもしれません。ぜひ、これからも長くその姿を残して欲しいものです。私もまた行ってみたいと思います。

少し写真を撮ってきました。豊島十中を卒業された方で、最近の様子をご存じない方、どうぞご覧ください。これが今の姿です。

http://www.flickr.com/photos/worzelphoto/collections/72157623635371093/
2010年05月03日 | Comments(5) | Trackback(0) | 遠い音楽日記
コメント
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  2015年03月15日 08:20:12 編集
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  2012年11月23日 00:06:42 編集
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  2011年09月11日 07:38:27 編集
No title
>佐々木史郎くん

コメントありがとう!今度ぜひ立ち寄ってみてください。ちょっと寂しいけど、懐かしい風景であることに変わりはありません。
Worzel URL 2010年05月04日 17:34:46 編集
豊島十中!!!
いやー時の経つのは早いな~!
でも鮮明に覚えています。


卒業式の後、亡き父が中庭の前で酒井先生に挨拶していたのを思い出してグっときました。
きれいな写真ありがとう。
佐々木史郎 URL 2010年05月04日 16:56:04 編集

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