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失われたノート

高校時代、最も仲の良かった友人の一人が一昨日亡くなった。

彼は恐らく、私以外の非常に多くの人間に様々な影響を与えていたと思う。

多くは、彼のために人生を間違えた、と言う。

でも、それは違って、彼のために、周りを見る目を変えられ、視野が広がったために、当初思っていたより世界が広いことに気がついたんだろうな、と思う。そうした広い世界の中で選んだ道は、実は彼と出会わなかったら気がつかなかった道だったのだと思う。だから、みな人生を間違えたと言いながら、誰も彼を恨んでいない。

私もその一人かもしれない。

中学時代から音楽が好きだった私は、高校で出会った彼からいろいろ教えてもらった。その中には好きになった音楽もあれば覚えてすらいない音楽もある。Pink FloydやELPに混じって、彼が一番推していたのはThe Moody Bluesだった。何よりジャケットが美しかった。当時の30cm×30cmのジャケットの世界は今よりずっと広大だった。それなのに私は当時The Moody Bluesの音楽の良さがよくわからなかった。代わりにBarclay James Harvestを愛した。今は彼の大好きだった「童夢」の良さがわかる。

JR板橋駅から徒歩10分ほどの場所にある都立北園高校が私たちの母校である。

朝は私の家から学校まで直線で20分、自転車に乗って通っていたが、帰りは池袋の立教大学の裏手にあった彼の家に毎日のように寄り道しては、古びたステレオで彼の持っていたLPを聞かせてもらったものだ。あのとき私はどれだけの音楽の糧を得たことだろう。それが今の自分を育てるに十分な肥料となったことは疑いない。

彼は周りに影響を与えるのが得意だった。私は、自分から学校の授業をさぼるようなタイプでは無かったと思う。だが、彼と一緒に午後の授業を抜け出し、日比谷だったか、当時公開されていた映画「八甲田山」を観に行った。なぜ八甲田山だったかは覚えていない。「天は我々を見放した」のCMがはやっていた。高校生にしては地味な映画を見たモノだ。そのときは行方不明になったことで親にも連絡が行き、あとで怒られたが全く気にならなかった。

彼をはじめ、みんなで授業をサポタージュして、校庭でアメフトをやった。当時、テレビでもスーパーボールへの道なる深夜番組があったり、チームのヘッド・マークを並べた下敷きがあったりして、一部ではやっていたのだ。私はピッツバーグ・スティーラーズが好きだった。テリー・ブラッドショーというQBに憧れた。懐かしい青春の思い出だ。多分先生は、空席が目立つ教室で授業をしていたのだろう。

そんな中、彼と私とだけが共有したものがあった。これだけは二人だけのものだった。それは一冊のノートだ。今は失われてどこにあるかわからない。もしかすると私の実家の倉庫にあるかもしれない。今度探してみたいと思っている。

そのノートには小説が書かれてある。彼と私との連作小説だ。どちらが先だったか覚えていない。が、どちらかが最初に書いた。そしてはじまったのだ。

登場人物は基本的に互いの二人。時折ミュージシャンや映画俳優が登場する。私は当時好きだったJodie Fosterを私の相棒兼恋人として相当登場させた覚えがある。ストーリーは至極簡単で、私が書くときは、彼を悪者に仕立て上げ、完膚無きまでに打ちのめしずたずたにし、命を奪う。書き上げて、もうこれで絶対に息を吹き返すことはあるまい、とほくそ笑みながら彼に渡すと、彼のペンになるところ、彼は見事に復活し、次には私をこてんぱんにに叩きつぶすのだ。ノートが帰ってきて、それを笑いをかみ殺しながら読んだ途端、私は私の復活劇を書き上げ、再び彼を・・・

この繰り返しで何話書いたろう。そうとう長く続いた連作、力作だ。しかもそれはすべて授業中に書かれたのだ。

今あのノートが出てくれば、私は何よりも大事にしたいと思う。もし見つかれば、その全てを写しとり、彼の年老いた両親にプレゼントしたい。歴とした彼と私との共同著作物なのだから。

彼とは高校時代だけのつきあいになってしまったが、今日お通夜に出席して、彼に影響を受けた懐かしい何人かの友人とあった。来年は卒業30年になることも改めて知った。彼はそんなとき、私たちのハブとして生き続けている。そして私の胸の中では、かの幻の傑作の共同著作者としてこれからも生き続けるだろう。

心より冥福を祈る。
2009年10月24日 | Comments(4) | Trackback(0) | 遠い音楽日記
コメント
No title
>BJH大好きおじさんさん
コメントありがとうございます。
なんと、同じ「童夢」からBJH路線に乗っていたとは!やはりあのジャケット、サウンド、通じるものがあるんですねぇ。改めて納得してしまいます。
Moody Bluesは彼なくしては自分にはあり得なかったと思うので、その意味でも私の中で彼は永遠に生き続けると思います。
ウォーゼル URL 2009年10月27日 23:42:06 編集
No title
>ciapoohさん
優等生ではないんですよ~!誤解なきよう。
自分も真剣に古いモノを探しておいた方がいいかな、という年齢になってきているような・・・ぜひノート見つけ出したいです。
ウォーゼル URL 2009年10月27日 23:39:31 編集
音楽に癒されること
ウォーゼル様(今日はうまく英文が出ませんでした)

ご友人のご逝去、心からお悔やみ申し上げます。

メッセージを差し上げるのが少し憚られましたが、
メール致すこととしました。

私も、高校の時、ある友人に音楽(洋楽)の楽しさ
を教わりました。当時彼に、自分は'QUEENが好き、
と言ったら、君はPROGRESSIVE ROCKがええんと
ちゃうかと、まさにMOODY BLUES「童夢」のLPを
聴くよう薦められました。それがきっかけでBJHを
知り、30年越しのFANとなりました。以来彼らの音楽
を聴くことが、何かにつけて心の支えになっています。

いい音楽は、人を癒す力があると信じていますが、
誰かにそれを知るきっかけを与えてもらえたならば、
こんなに素晴らしいことは無いのではないでしょうか。

なぜなら、その曲を聴けば、いつでも教えてくれた人
を思いだすことが出来るのですから。

BJH 大好きおじさん URL 2009年10月27日 00:42:48 編集
貴重な青春の一こまですね
優等生ばかりのお方とお見受けしていましたので、改めて尊敬の念を強く致しました。
そして大切な大切な友人との今生の別れ、心中お察し申し上げます。
ご高齢のご両親様には胸の悼む思いですが、こうして若かりし日の出来事に思いを
馳せる友がたくさんいらっしゃることは、故人もお幸せかと思います。
当時のノートが今再びお手元に現れますように。
ciapooh URL 2009年10月25日 10:34:53 編集

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